タイトル

「誰か」の痕跡


作品ステートメント

 

潮の流れにのって、漂着するサンダル、靴、長靴。

 

私の住む種子島沿岸にも、1年を通じておびただしい数が打ち上げられる。

海を隔てたアジア各地で消費され、捨てられ、流れ着いた履物の数々を、淡々と写真に記録して集めた。

 

私にとって漂着物とは、海の向こうで今を生きる人々の生活を知る手がかりである。

特に、直接身体に接する履物は、すり減り具合や色形から、生々しい生活感を感じる。

 

写真を撮りためていくにつれ、履物を履いていた人々の生活を

実際に自分の目で見てみたいという欲求が掻き立てられていった。

 

どんな人が履いていたのか。どんな環境で履かれていたのか。

それを確かめるために、実際に海を越えて香港まで行ってみた。

 

 

現地で見えたのは、どこまでも途切れない人の波。力。アジアのパワーそのものだった。


↑ 提出物ここまで ↑

以下、説明です。

提出時の作品サイズは、A2で印刷したもの19枚。写真点数は、375点。

狙いは何か?と聞かれたら、
・国際的に問題になっている海洋ごみへの関心を持ってもらうこと
・新しい視点の提案(ゴミと一言で片付けずに、流れてきているものをよく見てみよう)
・膨大な量のゴミが日々日本に漂着していることの提示。(履物だけでもこんなにある。ペットボトルなどはもっと多い。)
・解釈を鑑賞者に委ねる。(ゴミを減らそうなのか、なぜ靴よりサンダルが多いんだろうなのか、中韓に対する嫌悪なのか、ただ中韓と国だけ見るのではなく人を見てみようなのか、海はすごいななのか・・・)

タイトルが、「誰か」の痕跡 というのがなんかしっくりこないような気がしている。あと、英文でもステートメントを書く予定なのだけれど、これを英語訳にするのが難しい。The trace of someone ってなんか英語圏の人には全然響かない気がする。何かいいアイデアございませんでしょうか。笑

展示プランは、説明まだ書いていないけれど、作品全てを展示しない(場所的に無理)。提出時と形を変えて、履物で壁面を全面埋める感じ。その間に図のように何点かA2とそれ以上の大きさで展示する。

あと、肖像権気をつけろって応募要項にあるんだけど、香港の雑踏の人たちの写真は、これ肖像権NGかな。ご意見いただきたいです。photoshopでブレさせようか、そもそもボツにしようか、とも思っているのだけど。


以下、ステートメントに書くつもりで書いた箇条書きだが結局書かなかったものたち。こんなこと思ってつくったメモ。

経済的に急成長してきたアジアの国々。そこからはるばる、

日本の島にたどり着いたものたちには、何か意味があるように感じる。

 

 

撮りためていくうちに、だんだんと履物が今を生きる人々の痕跡だと思えるようになっていった。

 

 

種子島は、古来、黒潮の通り道であることから、鉄砲伝来をはじめとして様々なものが流れ着いた島である。

 

2つで1つの役割を果たしていたものが、1つずつ、ばらばらでどこかの地で存在感を示している。

 

 

ゴミになったら、ちりじりになってよその地に流れていってしまう。

 

 

漂着したという現実と、もしかしたらこういう人が使っていたのかもしれない、というfake。

 

 

流れ流れてたどり着く。

 

海は世界をつないでいる。

 

消費文明の痕跡

 

浮遊する足跡

 

誰かの足元を支えていたものが、遥か遠くの地にたどり着く。

 

お金の流れが、物質化したもの。

 

作られて、売られて、買われて、消費されて、捨てられて、流れ着く。

 

人間活動の痕跡。

 

ゴミを拾うのではなく、人々の活動の痕跡を集めた。

 

 

経済的に急成長するアジアの国々。そこからはるばる、衰退しつつある日本の片田舎の過疎の島にたどり着いたものたちには、何かを感じる。

 

2010年代、急成長してきたアジアを支える人々の痕跡。そして大量消費の遺跡。

海はものを伝えるという点においてはメディアであるといえないか。
ネットでなんでも調べられるこの時代において、実際に外国で使われているそのものを伝える。これは何よりの生きた情報。

 

 

もう片方はどうなったのかな。どこかに流れ着いたのかな。